2005年11月28日

男系であろうと女帝はダメ

 以前も書いたのだが、私は女系はもちろんのこと、男系の女子の皇位継承も否定的である。つまり、愛子内親王殿下が天皇として即位することは反対ということだ。どうも、愛子内親王殿下が天皇として即位して幸せになれるようには思えないのだ。また、愛子内親王殿下の即位は伝統に則ったものではなく、避けることができるのであれば避けるべき事態である。

 8人10代の男系女性天皇はたしかに存在した。だから、女系に皇統が移ることは伝統に反していても、愛子内親王殿下が天皇になることは伝統に反しないと一部の人は言う。保守系のblogでも「女系は反対だが、“愛子天皇”は容認」とするものは少なくない。しかし2665年の我が国の歴史で、女性が皇太子となったのは孝謙天皇のわずか一例だけなのである。125代中、わずか一例だけを取り出して伝統とは言えまい。前例とは言えるであろうが・・・
 また、現代の天皇の公務は非常に過酷なものである。その過酷さは女帝が存在した古代や江戸時代とは比べ物にはなるまい。民間から嫁いだという事情も多分にあるが雅子妃殿下ですらあれ程苦しんでおられるのだ。天皇としての公務はもちろん皇太子妃以上の負担になろう。
 妊娠、出産を抱えて公務をこなす女性天皇の負担が重いのはいうまでもないし、生まれてくる子ども(場合によっては次代の天皇)が満足に母の愛情を受けられずに育つのもほぼ間違いない。結局、女性天皇は誰も幸せにならないのだ。

 また、女性は生理中に神事を行えない。女性天皇も、天皇が天皇たる所以とも言える祭祀活動を1ヶ月の約4分の1は行えないのだ。これは結構重要な点である。祭祀なんぞどうでもいいというのであれば、女系だろうが何だろうが、さらには天皇じゃなくて徳川将軍でも別にいいということになるだろう。毎日誰かが自分のために祈ってくれている。その事実が、国民に心の安定をもたらし、皇室に崇敬の念を抱かせる。そして、その崇敬の念が皇室制度を磐石のものとするのだ。天皇の祭祀活動は毎日行われるのがあるべき姿である。

 女系天皇に反対しつつも、男系の女子の即位に賛成する者は、心のどこかで女系容認派と妥協しているのではないか?心のどこかで男系男子による皇統維持が困難だと考えているのではないか?憲法改正にも言えることだが、国体の問題に妥協はありえない。外交交渉なんかと一緒にされては困るのだ。
posted by kiyo83 at 00:00| 島根 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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